光星経済人会
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活動案内


4月
役員会
総会打ち合わせ

寄付
 
学園へクラブ強化費として


5月
平成24年5月22日(火) 第63回(平成24年度)光星経済人会 総会

平成24年5月22日(火)18:30から、「京王プラザホテル札幌」に於いて、第63回総会が行われました。

東海林宏志君(39期)を議長に選出し、以下の議事が進行されました。

  1. 平成23年度事業報告
  2. 平成23年度決算報告
  3. 平成23年度監査報告
  4. 平成24年度事業計画案
  5. 平成24年度予算案
  6. 役員改選
  7. その他

議事は粛々と進行され、全ての議案は原案通り承認されました。

役員改選では幹事に藤田稔君(39期)と溝渕博士君(43期)の二名が新たに選出されたほかは全員留任となりました。 また、退会者は9名で入会者は3名であったと報告がありました。

その後、学校法人札幌光星学園より、市瀬幸一理事長兼学校長、木元次男高等学校教頭、池田博人中学校教頭、濱屋秀憲同窓会担当教諭のご出席を賜り、懇親会を開催致しました。

冒頭、金井代表幹事より市瀬理事長に創立80周年記念事業募金50万円(本年度で終了)とクラブ強化費50万円の合わせて100万円を寄贈いたしました。

 


6月
役員会
 
ゴルフコンペ打ち合わせ
新役員の発表紹介
今後の事業計画について


7月
平成26年7月16日 7月例会(講師例会)

講師 栄花直樹氏
剣道8段教士 北海道警察本部勤務

1967年 虻田郡喜茂別町生まれ
2000年 第11回世界剣道選手権 個人優勝
2000年 第48回全日本剣道選手権 優勝
2003年 第12回世界剣道選手権 団体優勝

平成26年7月16日(水)光星経済人会の7月例会があり、剣道8段教士で北海道警察本部勤務の栄花直樹氏にお話をいただきました。
以下に簡単にご報告いたします。

【講演要旨】

私は喜茂別町で生まれた。喜茂別は「剣道の町」として有名で、私も小学校1年生から剣道を始めた。当時、全国大会に出場する小学6年生を喜茂別駅まで見送りに行ったことがあり、「あの人達、どこへ行くの?」という私の問に母は「剣道で日本一になりに行くんだよ」と答えた。その時に、私の中に「日本一」という言葉への憧れが芽生え、それが剣道を始めるきっかけになったのだ。

私は4度の世界大会出場を始め、数々のひのき舞台を経験した。人からは華やかに見えるかもしれない。だがそれは私の1%にすぎず、残りの99%は辛さ、悩み、不安の連続だった。それを何とか乗り越えてこられたのは、一つには「言葉の力」がある。 「苦しくても最後までやり抜け」という母の言葉も重かった。また「夢は逃げない。逃げるのは自分」という言葉にもずいぶん励まされた。

そしてもう一つの力は、「周囲の支え」だ。両親は製麺業と米穀業を営んでいて、朝早くから夜遅くまで働いていた。そんな忙しい中でも、私の試合には来てくれて応援してくれた。有難いと思ったし、親のためにも頑張ろうと思ったものだ。

また、妻の支えにも感謝している。初めて世界大会出場候補の強化選手40名に選ばれた時、強化合宿では指導者が私に何も声をかけてくれなかった。気落ちして帰宅し「もう行きたくない」と落ち込む私に妻は、「信じてる」と励ましてくれた。それが第9回フランス大会個人戦の出場に結びついたのだと思う。

だが、日本では個人戦より団体戦が重んじられる。第10回京都大会では団体戦を目指し、選考大会出発直前まで猛稽古を続けたのだが、オーバーワークのためか、意識を失ってしまった。気がついたら病院で点滴を受けていて、医師からは止められたが、強行出場し、相性のいい相手にも恵まれ世界大会に出場できた。

そんな苦難の末に勝ち取った世界大会の切符だったが、本番では決勝には一度も出られず、悔しくて泣き、しばらく落ち込んだ。

だが、これも国内での公式戦で実績が足りなかったから監督やコーチに信用されなかったんだ、誰も恨むまい、自分が悪かったのだと、謙虚に生きることの大切さに気づかされた。幸い、11回アメリカ大会では個人優勝、12回イギリス大会では団体優勝を達成できたが、これも当時の挫折が自分を謙虚にしてくれたんだと、感謝している。

剣道で培ったものが本業でも役に立っている。洞爺湖サミットの時は、部下の意見にも助けられて、いい仕事ができたと思っている。剣道で学んだ「裸の王様になるな」ということを常に自分に言い聞かせているが、これが実を結んだのだと思う。

光星高校では剣道部の春木寛人君が全国大会に出場しているが、彼は小学校からの私の弟子だ。光星高校ともそんなご縁をいただき、感謝している。

 

 
 
平成20年度第16回ゴルフコンペ

平成20年8月30日(土)11:19スタートでクラークカントリークラブにおきまして、競技参加者20名、表彰式からの参加者1名(金井代表幹事)を加えて21名により盛大に開催されました。

光星学園からは、深堀英二校長先生をはじめ進藤教頭先生、池島総務部長先生、佐藤ゴルフ部顧問先生、成田先生、五十嵐先生、松井先生以上7名のご参加を頂きました。誠に有難うございました。会員は13名の参加であり、合計20名のコンペとなりました。金井代表幹事には表彰式に駆けつけていただき錦上花を添えていただきましたことお礼申し上げます。

抜けるような青空の下、プレーは順調に進み怪我もなく無事に終了いたしました。 お弁当と飲物による食事のあと結果発表があり優勝は、グロス90、ハンディキャップ18、ネット72の成績で渡会 幸夫氏(35期)でございました。誠におめでとうございます。優勝カップに名前を刻み、栄誉を永く伝えることと致します。金井代表幹事から頂いた賞品も加え豪華賞品を手渡し、無事お開きとなりました。大変楽しいゴルフコンペでありまた来年の再会を誓い合い帰路に着きました。



8月
2005年8月10日(月) 8月例会
去る8月10日(月)18:30から北海道時代に於きまして、会員拡大例会を開催致しました。16名の新入会員予定者をお招きし、第9期ご卒業で当会常任相談役の長谷川義一氏より当会の歴史を、光星学園赤坂先生より母校光星高校のお話をして頂きました。この度、札幌市議会議長にご就任されました当会会員であり第20期卒業の大越誠幸市議会議長に対しまして当会を代表して堀口俊夫代表幹事より花束の贈呈が御座いました。その後、16名の新入会員予定者より自己紹介があり、全員入会を快諾して頂きました。誠に有難う御座いました。
 


9月
2011年9月11日(日)ゴルフコンペ

平成23年(2011年)光星経済人会ゴルフコンペが、9月11日(日)スウェーデンヒルズゴルフ倶楽部に於いて、参加者25名(光星学園教員、ゴルフ部生徒、会員あわせて)にて開催されました。

 
 

本年度の優勝は梅内 豊(37期)君でした。また来年もお会いしましょう。



10月
平成24年10月例会レクリエーション
アイヌ民族の歴史と文化を探訪し、北の防人の苦労を偲び、海山の幸を満喫!!
白老を訪ねるバス旅行
 

10月14日(日)8時20分に会員5名、家族10名が札幌駅北口に集合し、8時30分に超豪華大型バスにて一路「白老ポロトコタン」をめざし出発しました。

「ポロトコタン」では古式舞踊公演を見学した後、アイヌの民族楽器である「ムックリ」の演奏体験を行いました。その後、博物館を見学し昼食会場の「北のランプ亭」へとバスを進めました。

ランプ亭では海山の幸に舌鼓を打ち、おなかも満たされみんなおおいに満足したようでした。

再び車中の人となり、次の見学地「仙台藩白老元陣屋跡」向かいました。陣屋跡では江戸時代に北方警備のため、幕府の命を受けて仙台藩からきた人々の生活などの展示をガイドさんからの説明を受けて見学し、辺境での先人の苦労を偲びました。

今回は、参加者が少なく寂しいバス旅行となり、どうなる事かと心配しましたが、参加された人々の感想は「大変楽しく、勉強になった。おなかも一杯になった」と好評でした。

来年もより楽しい企画でお待ちしておりますので、どしどしご参加の程お願いいたします。

 


11月
役員会
 
忘年会打ち合わせ


12月
札幌光星学園講演会
講師
フランス国・対外通商名誉顧問 シドゥネー・エメリー氏(Sidney Emery)

平成24年12月7日(金)午前11時00分から札幌光星学園体育館において光星経済人会が札幌光星学園のご理解のもと、札幌光星学園生徒および学園関係者を対象に講演会を開催いたしました。

グローバリゼーションの荒波にさらされ価値観が大きく変わろうとしている今日、私たち日本人は前例に固執するのではなく、予測しにくい事にも考えをめぐらし、国際的な感覚を養う必要があり、日本復活のヒントを探るために20世紀後半の日本を見守り続けたフランス国・対外通商名誉顧問シドゥネー・エメリー氏を札幌にお招きし、ご講演をいただきました。

この講演会の企画・実施を担当してくださいました伊藤雅彦氏(36期))とエメリーさんとのコーディネーターを務めた染木布充氏(37期)他、関係者の皆様方には厚く御礼申し上げます。

以下に簡単に講演内容をご報告いたします。

シドゥネー・エメリー氏は1929年のお生まれで現在83歳におなりですが、7歳か8歳のときに大叔母(祖母の妹)が彼の両親にプレゼントした日本の鎧(西園寺侯爵から贈られたもの)が家の応接間に飾ってあったことが、日本に興味を持ったきっかけであったそうです。

1953年10月、24歳のとき海軍士官として初めて来日して浦賀の馬堀海岸というところに数か月滞在したことがあった。その時の日本は貧しく、とてものちに世界第2位の経済大国になるとは想像すらできなかった。

1956年海軍省から国立科学研究所に移り、南極観測隊副隊長を拝命して日本と南極大陸で再会することとなった。この時、日本は南極観測に参加した12か国中唯一アジアの国であった。彼が昭和基地と交信した内容を朝日新聞社藤井記者が同紙に掲載していた。

1959年産業金融グループのシュナイダーに入社して日本へ派遣された。それから40年間も日本に滞在することになるとは当時は夢にも思わなかった。

1964年ユニオンヨーロピアン銀行駐日主席代表として東京、京都で開かれた国際通貨基金と世界銀行の会議に出席した。日本が世界中の財務大臣や主要銀行を招待した。その年の6月に新幹線の試乗会にも招待された。世界の誰もが日本は滅び去ったと考えていたときだけにこの二つの出来事は世界を驚嘆させた。驚異的な日本産業の回復には軍需産業のエンジニアたちが民間で活躍したことが大きかった。

1972年には札幌冬季オリンピック公式招待客として札幌を訪れている。

日本は世界のリーダーであり続けるかという質問をたびたびされるが、答えは勿論である。日本は世界で必要不可欠な存在である。

これからは外国語、しかも数カ国語を操ることが必要になる。現在、日本では海外留学者の数が激減している。外国で生活した経験がなければ他国のことを自国の尺度で推し量ってしまう。自国を良く知ると意味でも外国へ行くことを勧める。外国のことを知って初めて自国のことが良くわかるようになる。

教育は人生で必要不可欠の土台となるものである。その後、見聞を広め、知識を耕していってほしい。

人生は結果のわからないチャレンジの連続である。しかも、充分な準備のできていないチャレンジの連続である。いつどうなるかわからない不安がある。学び続けることこそが不安を取り除く唯一の拠り所となる。

リーダーの資質とは何か。素晴らしいリーダーは中長期的な視野を持っている。

良いチームに恵まれている。そのチームを作り上げる能力がある。

失敗は付き物であり、恐れてはいけない。重要なことは目標を達成することである。達成するため自分に何が必要かを見極める能力が必要である。

私、星の王子さま「ド・サン=テグジュペリー」の甥から星の光の子供たち(光星の生徒たち)へメッセージを送る「勇気を奮って敢えて何かをしなさい。」 ド・サン=テグジュペリーもマリア会が経営する学校の生徒であったことを忘れないで下さい。

皆さんが懸命に勉学に勤しみ、充実した人生を満喫されることを心から望んでいます。

10年後、もし、お会いできる機会があれば良いなと思います。その時、あなた方がどんな人生を歩んだのか是非私に教えて下さい。

Merci(ありがとう)

 


平成24年度12月例会 クリスマス忘年会

12月7日(金)18時30分より京王プラザホテル札幌1階グラスシーズンズにおいて、実行委員長の溝渕博士氏(43期)が企画立案した楽しくて豪華なクリスマスパーティーが開幕しました。

ご来賓として光星学園より市瀬校長先生、木元教頭先生、そして同窓会事務局を担当されている濱屋先生の3名。それから、午前中に母校にて1,500名の生徒を前に「世界に目を向けて」と題してご講演頂いた、フランス国・対外通商名誉顧問シドゥネー・エメリー(Sidney Emery)氏ご夫妻を加え5名の方々のご来駕をいただきました。

金井代表幹事の挨拶、市瀬校長の乾杯に続き、東海林宏志氏(39期)の司会でシドゥネー・エメリー氏とエメリーさんとのコーディネーターを務めた染木布充氏(37期)により特別講演会が行われました。

50年間、ヨーロッパと日本の懸け橋として日本を見守ってこられたエメリー氏より「日本は研究開発の分野では世界の中でアメリカと双璧をなしている国である。日本人の頭脳とダイナミズムさでアジアと世界で活躍してほしい。日本は世界のリーダーたれ。」とのメッセージをいただきました。日本は自国の繁栄だけをめざすのではなく、世界の繁栄と平和に貢献すべきであると強く感じさせられたメッセージでありました。

余興では、サンタクロースに扮したエメリー氏から奥様方にバラの花が手渡され、奥様方も大喜びでした。

その後、豪華絢爛大抽選会が模様され多くの景品が配られ、参加者一同大満足のクリスマス会となりました。

恒例になりましたが、今年度実行委員長から来年度実行委員長の指名があり、溝渕実行委員長より大変栄誉な指名を受けた藤枝正樹氏(41期)から来年の開催に向けた決意表明がありました。

また、来年も豪華絢爛に繰り広げられるクリスマス忘年会をお楽しみに!!!!!

 


1月
役員会
 


2月
例会
 


3月
平成23年度3月例会報告

講師 光星経済人会40期、美術 新彩堂 代表 新田一博氏

平成24年3月5日(月)18:30から、京王プラザホテル札幌地下1階「チェリールーム」に於いて東海林 宏志(39期)実行委員長の企画により、光星経済人会メンバー40期、美術 新彩堂 代表 新田一博氏に講演を頂きました。

この度、新田講師は13年間にわたり財界さっぽろに連載した「美術鑑賞の裏のウラ」のコラムをまとめ「美術の探望」として上梓されました。

新田講師が美術業界に身を投じた時に親戚縁者から画商や骨董屋は詐欺師、ペテン師、エセもの師、嘘つき、ねつ造屋、講釈師だ。お前もそのような手合いの仲間入りをするのか?と罵倒されたそうです。確かに罵倒されるような業者もたくさんいますが、その反面、若い才能ある芸術家をサポートして育ててきた立派な美術商もたくさんいます。どうしたら罵倒されたような業者にならないようにできるか。そう考え、偉大な先人達が書いた本を読んでみると、場当たり的でなく自分なりの理論を確立してそれを文書に出来ることが大切であるとの思いに至ったのです。

そこにどうにかして近づきたいと思い、日々精進学習し、ペンを走らせて13年間が積み重なったそうです。

一般的に義務教育9年間で教わった音楽や美術は社会に出てから役に立たない。音楽はカラオケでは少しは役立つが、美術はほとんど役立たない。せいぜい略地図を書くくらい。
しかし、コミュニケーションアイテムとしては音楽より役立つ。

絵が壁にかかっている、それを見ての見解を尋ねる、絵の知識がなくても感じたことは言えるはず。その人が仕事以外に気持ちに余裕があるかどうかの判断材料になる。初対面の人に会った時、絵をコミュニケーションアイテムとして活用してほしい。

美術品を担保にお金を貸してほしいとの話が結構ある。しかし、現金は戻らず、作品の価値もゼロになる話が多い。日本人は相手の話を信用して確認しないことが美徳だと思っている節がある。でも、当然確認検証した後にお金を貸すのが当たり前である。

では、日本人的人間関係を大切にしながら相手を傷つけずに確認検証するにはどうしたらよいか。 ストレートに価値があるかどうか査定したいと言うのは問題あり。申し出の金額より高かったらもっと力になれるから査定する。と言うのが良いのではないか。

しかし、美術品を担保にお金を借りに来る人は、素人のところに来る前に業者で値踏みをして、その金額以上にほしいときに話をもってくるものだと言うことを肝に銘じて対応した方が良い。

何か鑑定話がある時は私に言ってほしいが、私のマネージャーは鈴久名事務局長なので事務局長経由でお願いしたい。

値段の高い絵は良い絵なのか?

高い絵は需要が多い絵なのです。安い絵は需要が少ない絵なのです。需要は時代とともに変化するもの。絵が値上がりするか、値下がりするかは誰にもわかりません。

私も値上がりする絵がわかるのであれば上がってから売ります、分からないから今扱っているのです。

色々とお話ししましたが、今日のお話の一つでも記憶に残して頂き、コミュニケーションアイテムとして活用したり、美術品の判断材料にして頂ければ幸いです。


東海林広志実行委員長(39期) 講師 新田一博氏(40期)
乾杯の音頭 金井代表幹事 新田一博氏著「美術の探望」

 



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